映画とどこかまで行こう

主に観た映画の感想を。新作・旧作、劇場・DVD鑑賞混じります。時々テレビドラマも。

東京国際映画祭2017で観た11本の記録(コンペ)

9本鑑賞。お国柄が出ているものよりも、グローバルに共有できる問題を描いた作品が多かったように思う。
 
シップ・イン・ア・ルーム
SHIP IN A ROOM [ Korab v Staya ]
監督:リュボミル・ムラデノフ
カメラマンの男。偶然知り合った女と、その弟の3人で奇妙な共同生活が始まる。心を病んだ弟は部屋から外に出られず、男はある手段を思いつく…。傷ついた人々に優しい視線を投げかけ、映像が持つ力を改めて教えてくれるヒューマン・ドラマ。
 
とても不愛想で、人と人の距離感が最初掴みづらい。何故よく知らない人にそんんなことするんだろう?そんなこと頼めるんだろう?お礼は言わないんだろうか?お国柄なのか、監督独自の表現なのか、外国の映画は余計に分からないので興味深い。言葉が少ない上に、映像もとても静か。室内の映像はハンマースホイの絵みたいで静謐ですらあって。
不愛想なので分かりづらかったけれども思い返すとこれは、人が人を救おうとする話だったし、ひょんなことで出会った人に人生を良い方に引っ張ってもらえる話だった。そして自分以外の人間について想い、働きかけることは、自分のことも救うのだろう。
冒頭、列車が長いトンネルに入ってそしてそこから抜けるまでの映像があり、そこで実に分かりやすくこれから始まる映画について説明していたのだ。
「思い返すと」となる辺りがこの監督の色なのか。
 
グレイン
Grain [ Buğday ]
監督:セミフ・カプランオール
いつとも知れない近未来。種子遺伝学者であるエロールは、移民の侵入を防ぐ磁気壁が囲む都市に暮らしている。その都市の農地が原因不明の遺伝子不全に見舞われ、エロールは同僚研究者アクマンの噂を耳にする。アクマンは遺伝子改良に関する重要な論文を書いていたが、失踪していた。エロールはアクマンを探す旅に出る…。
 
トルコのモノクロSF。いくつかの国で撮影しており、それをひとつの世界として繋げるには、モノクロの方がよかったそうだ。
冒頭で子供を選別しテストするシーンがあり、選ばれた子供だけが都市に採用され、あとの人間は汚染された荒れ地に暮らし、見えない壁(そこを通ると火だるまになる)に移動を制限されている世界のようである。都市では遺伝子操作により生まれた「完璧な種」で完璧な作物を栽培しようとしているが、どうしても作物から種が残せない。何か重要な要素が欠けているのだ。
…というわけで、その事象を予言した後、行方が知れなくなった科学者を探しに行く話になるのだけれど、面白そうな要素が散らばってひとつにまとまっていない感じで、うまくノれなかった。その世界についての設定を作りこまずに、ただ自然の汚染やエスカレートする遺伝子操作、格差や差別等々、現代のグローバルな問題を思い付きでちりばめた感じ。寓話色が強いのだが、テーマがベタな感じも。映像はとても綺麗だった。
これがグランプリ。
 
ペット安楽死請負人
Euthanizer [ Armomurhaaja ]
監督:テーム・ニッキ
表向きは自動車修理工だが、裏では動物の安楽死を請け負う男。無責任な依頼主に苦言を呈しつつ、仕事を冷静にこなす。しかしある犬を生かした時、事態は一変する…。
 
猫飼いとしては避けたいテーマではあるけれども、まんま受け取るよりも、これは何かあるでしょう…と選択。この辺は映画祭の選択眼に期待。
主人公は気合の入った風貌のおっさんで、どうやらぱっと見ただけで動物の状況が把握できるらしく、ペットをつらい状況から救い出すために安楽死業をしているようだ。因果応報を信じ、持ち込んだ飼い主を説教し、たまにはケージに閉じ込めてみたり、キャッチアンドリリースの釣りに行くと言った男性をボコボコにしてからリリースしたりと、割と気まぐれに行動する。ガールフレンドは窒息マニアで、セックスの最中に首を絞めてもらいたがる。小心なくせに強がってるネオナチの男が殺そうとした犬が、あまりにも殺される理由がなかったため、主人公が飼い始め、後々揉め事の種となる(他にも理由なく持ち込まれたペットはいたのでは?)。寝たきりの父親は昔、アル中DVだったらしく、その報いになるべく長く苦しむべきだ、と主人公は信じている。
無論ペットの命を弄ぶ人は多いし、世界的にも問題なのだろう。いいところをついている。が、主人公があまりにも支離滅裂だし、起こる一連の事件が嫌すぎて、後味はどんより。(QAセッションで最後の合図は「殺せ」なのか「殺すな」なのか会場で挙手したけれど、私は「殺すな」派で、それはあの合図が元々「殺さないで」だったし、あれじゃまだ牛の頭数と見合わないから…なのだけれど、「殺せ」と解釈した人の方が圧倒的多数だった。てか、牛の件があるのに、何で最初排気ガス自殺を試みたんだろう?)
これが脚本賞
 
さようなら、ニック
Forget About Nick  
モデルからデザイナーに転身を図ろうとするジェイド。初のファッションショーの準備に余念がない。しかしスポンサーでもある夫ニックが姿を消してしまい、逆にニックの前妻マリアが家にやってきて一緒に暮らす羽目になる。ジェイドとマリアは何かと反目しあうが…。
 
妻が40になると別の若い女に走る…という男の被害者2人がわちゃわちゃする話。これから新しキャリアを育てようとしている女性と、子育てに専念してきた女性。お互いに感じるコンプレックスや、ライバル心。
そういう身勝手な男がめそめそ帰ってきたら叩き出して、女性同士できることを生かしてきゃっきゃしてくれた方がすっきりしたんだけれど、「両方取って」と言うのが新しいのだろうか。まぁ経済的には安定するけから現実的か。
 
ザ・ホーム-父が死んだ
The Home [ Ev ]
監督:アスガー・ユセフィネジャド
父逝去の報せを受け、娘が嘆きながら数年ぶりの実家に向かう。父を介護していた従弟と口論し、そして近親者が続々と集うなか、遺体の扱いを巡って事態は迷走していく…。
 
イランの映画。外国のお葬式の様子はとりあえず観てみたい派なので選択。手持ちカメラが「密着!お葬式」という感じで生々しく、泣き叫ぶ娘がとにかく騒々しく大げさ。あちらの文化ではこの位泣くのかと思いきや、訳があって。
よその国のお葬式は興味深いし、死や遺体への考え方も興味深い。「え?これってそういう話?」と途中で方向修正がかかるのも面白い。そういう意味では楽しんだが、とにかく娘の泣き叫び方で序盤から疲れてしまったのが難。
やっぱお香典泥棒みたいのって出るんだなとか、コーランって今どきはタブレットで読むの!とか(コーランを探すおばあちゃんに、「これで」とタブレットが差し出され、拒否される)、結婚式だと思い込んで楽隊を待っているおばあちゃんとか、小ネタが面白かった。買わなくちゃ買わなくちゃと騒いでいたのに結局入手できなかった「供え物」ってどんなのだったんだろう?中東舞台の、お葬式群像劇が観てみたい。
 
スヴェタ
Sveta  
監督:ジャンナ・イサバエヴァ
ろうあ者が勤務する工場で働くスヴェタは、突然リストラの対象とされてしまう。家のローンに苦しむ彼女は神をも恐れぬ行動に出る…。
 
あまりにも主人公が独善的でやりたい放題過ぎるので、一体この話はどこへ行くんだとはらはらした。「はらはら」という意味では今回一番だったかも知れない。なにせ、目的のためなら自分の子供にすら毒を盛るのである(死なない程度だったが)。
しかし落ち着いて考えてみると、新鮮な作りだった。主人公はろうあ者なのだが、夫もそうで、職場も上司含めて全員そう。みんな手話でコミュニケートしている。状況がろうあ者にとってごくフラットで、例えば、工場でリストラという話になると、いろんな人が混じっていれば「ろうあ者は転職が大変だから」など配慮してもらえる気もするが、そこは全員同じだから「シングルマザー優先」などとなる。親切な人もいれば、スヴェタみたいな邪魔者は殺せ位の気合の入った人もいる。愛されて育った人もいれば、施設で過酷な状況で育った人もいる。もちろんそんなの当然だ。当然なのだが、フィクションの中でそういう風にはなかなか描かれない。
スヴェタは苦労して家族と家と仕事を手に入れた人で、そのために注いできた強力なエネルギーがピンチになると怖い方へ発揮されるのだが、襲われる側は何にも悪くないのに、ちょっと感じが悪かったり、十分長生きしてたり、「ま、いっか」と思わされるところもあって、監督の応援を感じた。
肯定できかねるストーリーではあるけれど、これはこれで…と思わされるパワーはあった。
 
泉の少女ナーメ
Namme  
監督:ザザ・ハルヴァシ
ジョージアの山岳地帯にて、村に伝わる癒しの泉を守る一家。息子たちは独立し、父は娘のナーメに後を託すが、ある日泉の異変に気付く。ファンタジーと現実社会が溶け合い、幽玄で繊細な映像美が心を揺さぶる現代の寓話。
 
とにかく映像が静謐で美しくて息をのむ。小さな村に残る「癒しの技」「癒しの泉と主のような魚」という伝統。謎めいた儀式や、ヒロインの美しい所作。雄大な自然。
(高いところにある松明?に手を触れずに火をつける不思議な場面があったのだが、どうやっていたんだろう。燃えやすい素材にして、風で火の粉を飛ばしていたのか…)
 
しかし「伝統を守ろうとする父親と、家を継がない息子たち、背負うことを期待される娘」とくると、「自分の道をいくんだよ!頑張れ!恋しちゃえ!」と脱出を応援してしまうのだ。伝統は大事と思いつつ、でも「誰かが継いで?自分以外で」となってしまう(「誰かが喜んで継げるなら」に限った方がいいんだろうな)。
そして環境も変わっていく。村にできた工場、垂れ流される汚水、なんて要素も加わり、「癒しの泉」がそのままには保てなくなる。「昔のまま」というわけには、どうしてもいかないものだ。
これは「呪縛から解放される娘の話」と思いたいけれど、さて。 
 
グッドランド
Gutland  
監督:ゴヴィンダ・ヴァン・メーレ
ちょっとポスターでツイン・ピークスのキラー・ボブを思い出したのだが、ストーリーも何だかツイン・ピークスみを感じた。
最近見返して思ったのだが、クーパー捜査官のあの田舎町への馴染み方が凄い。ほかのよそ者は何もないね!的な態度の人が多い中、うわぁいい所だね!景色がきれいだね!コーヒー美味しいね!チェリーパイ最高!ああいずれココに住んじゃおうかな、みたいなもう絶賛具合で、そりゃあ地元の人も聞いていて嬉しいし、するんとあの小さな町に馴染み、土地に取り込まれたような形になった。
小さなコミュニティに馴染むには、ある程度「狂う」(というと聞こえは悪いけれど…「変わる」だとちょっとハマらない気もする)ことが必要なのかも知れない、などと思っていた所に本作が来て、あ、そうそう!と。
ポイントとなる人物を押さえると急に物事が上手くいきだすのも、田舎町あるあるだった。
衝撃展開になるまでがまったり長かったのが難だが、結構ぞっとできて良かった。
 
迫り来る嵐
The Looming Storm [ 暴雪将至 ]
監督:ドン・ユエ
1990年代。ユィ・グオウェイは、中国の小さな町の古い国営工場で保安部の警備員をしており、泥棒検挙で実績を上げている。近所で若い女性の連続殺人事件が起きると、刑事気取りで首を突っ込み始める。そしてある日犠牲者のひとりに似ている女性に出会い接近するが、事態は思わぬ方向に進んでいく…。
 
中国の田舎にある大きな工場の風景がダイナミックで鉄骨が美しく、工場萌えには夢のような映画。
主人公が変に事件にのめり込んでいくストーリーで、最初は事件解決を求めてストーリーを追っていたのだが、だんだん彼の妙な使命感とか、「職場の中で役に立っている人間」になりたい、いや、なっている、そのはず、という思いの強さに、一体もうどこまでが本当で、どこからが夢や妄想だったのか、どんどんぐるぐるとしてくる。その狂気に巻き込まれてしまった女性の運命にも、事件の顛末にも、そして工場の命運にも、なんだか呆然として観終わった。
 
ずーっとじめじめと暗い映像や虚しい後味も含め、個人的になんだか好きな作品。
主演が人気俳優だったようで、会場はほぼほぼ中国の女子で溢れ(あんな熱気初めて見た)、QAも俳優ラブ!に終始して、熱に中てられてしまったのも、まぁ映画祭ならではの体験か。