映画とどこかまで行こう

主に観た映画の感想を。新作・旧作、劇場・DVD鑑賞混じります。時々テレビドラマも。

なんだかんだと『風立ちぬ』は観に行った

さて『風立ちぬ』。TOHOシネマズで映画終演後に4分の予告編を観せられるという仕打ちに遭い、その時点ですっかり観る気は失われていた。
確かに綺麗な映像なのだが、「みんなジブリ好きでしょ?映画館来た人に特別に観せてあげるね?嬉しいでしょ?楽しみでしょ?素敵でしょ?」みたいな売り手の思い込みに、異様にむかむかしたのだ。余計なお世話だ。大体最近の日本映画って「特報」とかゆって思わせぶりな画像を公開遥かに前から小出しにし、ずるずるずるずる情報を出し惜しんで宣伝した挙げ句に大したことないってケースが多過ぎて、特報とか特別予告編とかうんざりだ。加えて言うなら、村上春樹の新刊の宣伝や売り方にもうんざりだ。宣伝と狂騒の記事だけでお腹いっぱいもう充分だ。ほんとにみんな春樹好きなのか? 個人的に言うなら春樹は『世界の終わり…』までで終了だ。

…話が逸れた。

今回気づいたのだが、そんなうんざり天の邪鬼の食指を動かす事態、それは「賛否両論」なのだった。公開後、Twitterの自分のTLだけでも実に様々な意見。あら?だったら自分の目でどう思うか確かめてみようかしら?(ちなみに春樹も賛否両論だけど、それはいつものことだからもう心は動かないよ)
そして結局観に行った。

作品はとにかく綺麗だった。
あの時代については白黒映画で観ることが多いので、「あの世界に色がついている!」という点でまず気持ちが高揚する。そして背景も、繊細に動く草花も、風の描写も、とにかく美しかった。室内の調度の描写も細かくて、昔の家の様子(階段の横に竹の飾りが!とか)が実に凝っていたりして。
空を飛ぶ夢の描写や大震災のうねる大地、砂利の動き、混乱する群衆等々、アニメーションの表現力にもうっとり。使われている日本語の丁寧さにもうっとり。
そんなこんなに目を見張って飛ぶように過ぎる前半と比べて、主人公が恋に落ちる後半はまったりしてしまったけれど、そっちがロマンチックで素敵と思う人もいるだろう。
おっとりした昔の日本映画の良さと、アニメーション特有の非現実とが綺麗にミックスされた映画だったと思う。

話は飛ぶのだが、春のドラマで航空自衛隊を題材にした作品があって、ブルーインパルスが好きで好きでパイロットを目指すも事故で夢を断たれた青年、というキャラクターが主人公のひとりだった。
彼は言った。「(飛行機は)美しいから飛べるんです」
そして「戦闘機は人殺しの道具」と言われて激怒したりしていた。
『風立ちぬ』も主人公は飛行機が好きで好きでたまらないキャラクターで、出て来た台詞が「飛行機は美しい夢」。作ったのは戦闘機。
「何に使うか」は置いておいて「飛行機そのもの」を愛し抜くキャラクターを続けて観るのは、気持ちを想像する上でも綺麗な流れだった。

ドラマの方は、地上波だけに綺麗な折り合いを付けた。「戦闘機云々」はとにかく置いておいて、飛行機は美しいし、人の命を助けたり、人の夢や、大きな希望にもなったりするということを震災も交えて描いた。
しかし映画はもう、「この美しい、主人公が愛し設計した乗り物は、人を殺す道具にもなる」という点を、折り合いをつけずにすとんとそのまま提示した。悪いこともあるけれど、こんないいこともある等々、何の言い訳もない。人間なんてそんなもん。好きな物や好きな人をとにかく愛して、その時代を精一杯生きていく。そうするしかないじゃないか。自分の行為が世界にプラスになることもマイナスになることも、結果論だ。
監督がとしをとって、胸を開いて堂々とそう言っているみたいで清々しいと思った。フィルモグラフィの後半に、自分の夢や妄想や願望や理想を詰め込んでわけのわからない作品を撮る映画監督は多いし、本作もその中のひとつかも知れないけれど、個人的にはこれはアリに入れる。賛否で言うなら賛に一票。