映画とどこかまで行こう

主に観た映画の感想を。新作・旧作、劇場・DVD鑑賞混じります。時々テレビドラマも。

2016年映画ベスト

鑑賞順

 

サウルの息子』はつらくてもうたぶん二度と観ないだろうけれども、主観的な視野を映像で表現した手法は新鮮だったし、何よりも多言語を使っていたのが印象的で。ああ、実際はあんな風に色んな言葉を話す人たちが方々から集められ、押し込められていて、中でのコミュニケーションも大変だったのだ、と実感できたのが良かった(普通は映画だと1言語で統一されてしまうので)。『光のノスタルジア』で描かれた収容所と同様に、そこであったことを記録しよう、人に伝えようと必死でいる人たちが少なからずいて。万が一自分がああいう目に遭ったら、そういう人でありたいと思った。

『ルーム』は、どうやって部屋から脱出するかより、脱出できた後でどうなったかを描いていたのが良かった。やった成功!めでたしめでたし!とはならないのだ、当然。その中で、祖父が器の小さいヘタレだったのに対し、祖母の再婚相手の男性が人間的に豊かないい人で(少年と犬とを出合わせる場面の素敵さったら!)、血のつながりなんて関係ないところも良い。

アピチャッポンのアジアっぽさっていかにも西洋の映画祭ウケしそうで、映画そのものの評価なのだろうかね、などと斜めに構えていたけれど、やっぱり世界観はアジア人の目から見ても独特で、私も好きかもしれない、と自覚した2016であった。

『サイの季節』は詩を映像化した感じで、『緑はよみがえる』は映像とセリフで詩を書いた感じ、などと思った。とはいえ描いていることは過酷で哀しく、兵士が戦いよりも病気でどんどん死んでいく、というのはどこの国でも多かったのだろう。

暴力を描いた映画といえば、『ヒメアノ~ル』もあったけれど、どうも自分は人間の中の理由なき暴力性の方が、「過去にこういうことがあってああなりました」よりも惹かれる、というか、怖いと思う、ようである。

そうそう、こういうのが観たかったのよ黒沢清ー!という待ってました感。本作も東出君を上手く使っていたと思う(『聖の青春』も良かった)。上手ではないけれどハマるとぞっとする存在感。

『シング・ストリート』のお兄ちゃんを観ながら、『あの頃、ペニー・レインと』のフィリップ・シーモア・ホフマンを思い出して泣いたり。お兄ちゃんが幸せになりますように。あと、初めてうさぎの鳴き声というものを、この映画で意識した。

シン・ゴジラ』は「楽しんだ」という点では2016年1番だったかも知れない。応援しているチームのスタジアムにハセヒロが来たし(アウェイチームも黙らせる挨拶のかっこよさと、ミニゴジラが失敗した始球式をさらってゴール!)、情報量の多さにうっとりし、人の感想に、え?そんなとこあった?とまた確認に行き、3DもIMAXも初めての4DXも試し、瓦がぶるぶる動く様に毎回打ち震え(チャンバラの、人がどーんと土塀にぶつかって、一瞬して瓦がばらっと落ちたりするタイミングの美しさとか、瓦使いは日本映画の醍醐味だ!)、ひところをゴジラ三昧で過ごして幸せだった。

アイルランドのアニメはジブリの影響も色濃くて(特にトトロ)、いいものが世界中の作り手の間にぶわーっと広がって消化されて、さらに良いものになっていくさまが本当に美しかった。しかもトトロはいかにも日本らしい話で、ソングオブザシーはいかにもアイルランドらしい話で、でもそこに通じ合う物語があって、通じ合う表現方法があって。音楽も万国共通だけれど(そして本作は楽曲も良かった)、語り継がれれる物語も万国共通なところが多い。

『みかんの丘』は同時に公開された『とうもろこしの丘』と並んで素晴らしい「おじいちゃん映画」で、戦争の中でも淡々とやるべき生活を営む強さと健やかさにうっとりした。うっとりしすぎて、コーカサス地方の紛争についての講座まで受けに行ったり。「ジョージアはワインが有名で、ワイン飲みたさのあまり、ムスリムが根付かなかった。兵士は戦場に赴く時は胸ポケットにブドウの蔓を入れていく。死んでもそこからブドウが生えてくるから」というメモをとった以外、あまり覚えていないけれども。

 

東京国際映画祭で観た7本の記録(ネタバレ含む)

※データ、あらすじはTIFFのサイトより。

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スリー・オブ・アス
All Three of Us [ NOUS TROIS OU RIEN ]
102分 2015年 フランス 
監督/原案 : ケイロン
イラン南部の小さな村。大家族の中の大勢の兄弟のひとりとしてヒバットは産まれた。兄弟たちはみなそれぞれの道を歩むが、ヒバットは反政府運動に関心を持つようになる。弾圧的な政府により逮捕され、長期に渡り投獄されてしまうヒバットであるが、彼はそんなことでひるむ男ではなかった…。

 

監督のお父さんがモデル。亡命先でのカルチャーギャップを描くコメディかと思っていたら、本国での刑務所等のシーンがやたら長くて、まだ国を出ない…まだ出ない…という感じ。お父さんの精神の根っこを丁寧に描きたかったのだろうけど、間延びして感じる部分も。

でも政治犯として投獄され、そこでも反抗して独房に放り込まれたりといった重いエピソードもありながら、全体的にトーンは明るく、楽しく観られる作品だった。時々急に表現がウェス・アンダーソン風に。

イラン革命は、複数の映画で観た感じを総合すると、独裁者を倒さんと頑張って戦っていたら、なんかもっと凄いの召還しちゃった…という感じだったのかなぁという個人的な印象。

「刑務所でシャー(王)のお菓子を食べなかった英雄」がフランスに行くと、「え?シャー(猫)のお菓子を食べなかったの?何それ?」って誤解される。とある場所では命に関わる戦いだったものが、他の場所ではどうということもなくなる、この何とも言えない感じ(それと、たぶん革命後はお菓子の支給なんてなかったろうな)。

奥さんのお父さんのキャラが素晴らしく、ずっと見ていたかった。婿の手配書の似顔絵に一生懸命書き込みしたりするの。

 

錯乱
Frenzy [ Abluka ]
117分 2015年 トルコ=フランス=カタール
監督:エミン・アルペル
テロ事件が多発するイスタンブール。警察の高官ハムザは囚人のカディルを牢獄から出すよう命を下す。釈放と引き換えに、カディルはゴミ収拾の仕事を与えられ、テロ組織に結びつく爆弾の部品をゴミの中から探すことを命じられる。そんななかで偶然再会した弟のアフメットは野良犬を処分する仕事に就いていた。弟の言動に不審なものを感じたカディルは探索を始める…。

 

監督は、この物語を普遍的なものにしたかったため、敢えて場所や時代を特定しなかったとのこと。しかし、暗くて、日々どっかんどっかん爆弾テロがあり、軍用車ががんがん行き交い、人々は常に不安を抱え、怪我をした野犬を助けるのもはばかられる不穏な匿名世界は、「これSF?」とどうしても思ってしまう。家族モノや恋愛モノのように実感として「普遍的」とは自分には実感できなかったけれど、これに近い日常を送っている国の人もたくさんいるのだと、ちゃんと認識しなければとも思わされた。近い過去(や現在)に秘密警察の監視が厳しかったような国の人なんかも共感できるのかも。

兄はテロ捜査に熱を入れるあまり狂って行き、弟はつい助けてしまった野犬を匿っている不安から狂って行き、二つの狂気が交差したところで悲劇が生まれる話。

二人とも思い込みが激し過ぎるようにも見えるのだが、ああいう世界で生きるストレスは人の心を蝕むということなのだろうと思う。まだ自分には経験したことのない種類のストレスを想像しながら観た。

弟が助ける「野犬」は、テロリストのメタファーなのだと監督談。

 

ニーゼ
Nise - The Heart of Madness [ Nise - O Coração da Loucura ]
109分 2015年 ブラジル
監督/脚本 :ホベルト・ベリネール
ショック療法が正しいものとされ、暴れる患者を人間扱いしない精神病院に、女医のニーゼが着任する。芸術療法を含む画期的な改革案を導入するが、彼女の前に男性社会の厚い壁が立ちはだかるユングの理論を実践し、常識に挑む勇気を持った精神科医の苦闘をストレートに描く感動の実話。

 

あらすじ通りの物語をきっちり真面目に手堅く。

当時有効とされていた治療法に真っ向から反対する主人公の戦いは壁も多く、時にあまりに酷い邪魔のされ方に観ていて本当につらくなったのだが(特に犬好きには勧められない)、理解のある旦那さんと可愛い猫たちが、主人公にとっても観客にとっても最高の癒しだった。

電気ショック療法を観て『エンジェル・アット・マイ・テーブル』を思い出した。また観たいなあれ。 

 

ガールズ・ハウス
The Girl's House [ Khaneye Dokhtar ]
80分 2015年 イラン
監督:シャーラム・シャーホセイニ
結婚式を翌日に控えた女性が死んだ。直前まで新居のカーテンを変えていたらしい。友人たちが調べ始める。しかし女性の父親は非協力的で要領を得ない。一体何が起きたのか。本当に死んだのか? 謎解きドラマの形を借りつつ、伝統的なイスラム社会の影に踏み込む衝撃のドラマ。

 

イランの女の子たちのきゃっきゃした日常の様子が面白い。友達の結婚式に履いて行く靴を選ぶ様子とか(お店の人は聞いてもなかなか値段を言わない)、うきうき新居のインテリアを整える様子、大学風景とか(共学なのね)。「結婚式で出会いがあるかと思って張り切ってたら、男女別室でガッカリ!」なんていう台詞は、どこの世界も同じって部分と、習慣が違う部分が一度に入ってた。

サスペンスではなく、恐らく「社会の影」を描く作品なので、女性が死んだ理由は後半の彼女視点のパートで淡々と明かされたし、その習慣?常識?は衝撃だったけれど、進歩的な女性の足を引っ張るのは、結構同じ女性だったりするんだよな、それはどこの世界も一緒かも、とも少し思った(よく朝ドラで描かれる戦時中の狂信的な婦人会とか思い出した)(これはこれで"普遍的"だ)。

あの婚約者の感覚が一番想像がつかないのだが、どうしてあんな状況で死なせてしまった彼女の実家でゴハンとか食べられるんだろう。分かっていなかったのか。

そういえば本作で、イスラム教のお墓を初めて見た。凄くシンプルだった。そして、お金を払うと祈りを捧げてくれる人がその辺にいた。

 

ボディ
Body [ Cialo ]
90分 2015年 ポーランド
監督/脚本 :マウゴジャタ・シュモフスカ
オルガは自分の肉体を嫌っており、摂食障害を患っている。オルガの父は警察の仕事で毎日死体を見ており、もはや何も感じなくなっている。オルガは父を憎んでいる。父は酒に頼っている。セラピストのアンナは、オルガの治療にあたると共に、父のことも気にかける。そんなアンナは、実は肉体以上のものを信じていた。彼女は死者と交信ができるのだった…。

 

面白そうな色んな要素が上手く噛み合ず、自分はノれなかった。

映画の冒頭。水辺の木で首を吊ってる男性の周りに警察やら監察医やらが集まっていて、遺体を下ろし、さてこれからどうする?などとわやわやしているうちに、遺体がむくりと起き上がり、スタスタ歩き去った(その後、別にその生還者はストーリーには絡んでこなかった)。

後で父が娘をその場所に「仕事で来たけれど綺麗だったから」と連れて来るのだが、特にその男の話はなかった。「人が一度死んで蘇った場所」と観客は知っているから少ししみじみするのだが、娘にもそれを伝えても良かったのではとは思う。

亡くなった奥さんについての回想が、彼女がほぼ全裸で音楽に合わせて踊り狂っている様子で、しかもその音楽が♪ビキニ♪ビキニ♪ビキニDEATH!みたいな曲で、よりによって何故あれ。

セラピストが飼ってた犬が非常にかわいかった。

 

カランダールの雪
Cold of Kalandar [ Kalandar Soğuğu ]
139分 2015年 トルコ=ハンガリー
監督/脚本/編集 :ムスタファ・カラ
険しい山の上で、わずかな家畜と共に電気も水道もない暮らしを送る家族。一獲千金を夢見る父は、山に眠る鉱脈を探している。しかし、家族の目には無駄な努力にしか映らない。やがて、村で開かれる闘牛に希望を託し、なんと家畜の牛の特訓をはじめてしまう…。

 

俺は真面目に働くよりも夢を追いたいんだ!系の父親の行動はほんとうに無茶苦茶で、家族に苦労させるばかりで、奥さんや牛には心から同情するのだが、何しろ風景があまりに雄大で美しく、もう文句も何も言えなくなってしまう感じ。映画祭の大画面で、良い音(音がまた繊細で)で、鑑賞できて良かった。

下の息子に障害があって、母親は「医者に診せたい」と言っているのに父親は「いい祈祷師を頼みたい」と主張し、しかもだんだん「お母さんが祈祷師に見せたがってる」と、自分の意見を他人の意見であるかのように差し替え始めるの、あれ結構やる人いるよな(そう、環境や状況はあまりにも別世界なんだけど、でもこっちの方が普遍は感じるのね)。

しかしこのラスト、あまりにも夢を追う系のおっさんに都合が良過ぎて、いいのだろうかと思った。

この映画にも犬が出て来た。

こんなことしか書いていないけれど、これが今回の映画祭ベスト。

 

家族の映画
Family Film [ Rodinný film ]
95分 2015年 チェコ=ドイツ=スロベニア=フランス=スロバキア
監督:オルモ・オメルズ
冬休みを間近に控え、両親は一足先にヨット旅行に出かける。留守番の姉と弟は羽を伸ばして遊ぶが、やがて弟のサボりがバレ、事態は思わぬ方向に…。幸せな家族に訪れる変化を、意表を突く展開と端正な映像で描き、未体験のエンディングが観客の胸をしめつけること必至の驚きのドラマ。

 

あらすじを読んで、子供たちがハメを外し過ぎる話かと思っていたのだが、しかしそれだけではなかった。両親は海上で行方不明になるし、弟は難病が発覚し、犬はたった1匹で無人島に泳ぎ着きサバイバル生活を始め(この部分がやたら長くてドラマチック)、両親が生還したかと思ったら、弟への臓器移植がきっかけで父親と血液型が合わないことが判明し、弟の本当の父親は叔父だったとか、で、犬はどこ?とか、もう盛りだくさん過ぎて、あっけにとられた。最後まで引っ張った問題が、「さあ犬は生還できるのか?」。後で本作が「犬版キャストアウェイ」と呼ばれていたことを知った。

この作品で、子供たちが旅先の親とスカイプで映像つきで話す場面がたびたびあり、後日、他の国の映画でも似た様な場面に遭遇し、世界はそういう感じになっているのだなと思った。

無人島で頑張る犬のオットーにとにかくメロメロ。頑張れ!お願いだから助かって!と手に汗握った。映画祭スタッフはこの犬も日本に招きたかったって言っていたけれど、その気持ち分かる!

バラエティ豊かな上映作品を堪能(この節操のなさが逆に魅力なのかも)。それにしても妙に犬率が高かった。

恐くて面白かった『クーデター』のやや水っぽい感想

Twitterでの評判が良く、「下手なホラー映画より恐い」等のコメントに興味を持って、全くノーマークだったクーデター』を観た

東南アジアの架空の国に、そこで新たな職を得たアメリカ人男性とその妻、小さな二人の娘たちが入国。しかしその直後に政変が起き、外国人狩りが始まってしまう。次々と襲って来る言葉の通じない異国の人々。一家は無事に逃げ延びることができるのか?というパニックムービー。主人公一家に、彼らと同時に入国した謎の男(ピアース・ブロスナン)が程よく絡む。

家族のあり方がとても良かった。必死に道を切り拓こうとする父親、恐怖にかられつつ頑張る母親、かわいい娘たち(緊迫した場面でも聞き分けが悪いことがあったり、咄嗟に危険な動きをしてしまったりする所も生々しい)、それぞれにどんどん愛着が湧いて来る。がんばれ!どうか助かって!

土地勘もなく言葉も通じず文字も読めない外国にいるという、精神的な密室。そこでひたすら怒りに満ちた人々が襲って来るという状況は、とにかく恐かった。ちょっとほっとするとまた次が来るという緩急の付け方が上手く、緊張の連続というのは、それはそれで良く出来た娯楽だなとしみじみ。そういうパニック映画の緊張感を存分に楽しみつつも、色んなことを考えさせられもして、楽しい映画体験だった。

自分が映画を観つつ考えていたことを追うために、話は全然違う方に飛ぶ。

何年か前に、『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』という水資源についてのドキュメンタリー映画を観た。地球の水資源は枯渇しつつある。今後ますます貴重になり、じきに石油の価値を凌駕する。しかも水は石油と違い、人間の生死を直接分けるものである。水をコントロールできる者が力を持つようになるし、その流れは既にじわじわと世界中で進行している…というような内容。

水源や水道事業を一般企業、特に外資になんて押さえられちゃったら首根っこをつかまれたも同然なのである。

その映画の記憶が頭の片隅にある中で、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を観たら、地球の成れの果てみたいな世界で、独裁者が水源を押さえることで民衆をコントロールし、水耕栽培をやっていた。「こんな風になるかも知れない未来世界」として、理屈に合っている!凄い!と思った。

で、話は『クーデター』に戻る。

映画の冒頭のシークエンス。高級レストランのような所で、その国の首相と外国人が水道事業か何かについて密談し、話の主役である水で乾杯している。上記の流れから、「水道インフラを外資に握られたら危ないんだよ!」と思う。

当然その国の一部の人もそう思ったらしく、その場で二人は殺され、国がひっくり返る。外資に国を支配されまいとする人々は、それを敵と見なし、襲う。主人公一家もそうとは知らずターゲットとなってしまう。

この作品、敵方の描き方が非常に難しかったと思うのだ。

いくら架空の国という設定にしてあっても、やみくもに外国人狩りをするアジア人を描けば、人種差別になってしまいかねない。そこで敵方が「海外企業の食い物にされている自分の国を取り戻す」という理念を実は持っている、という設定にしてある。主人公を特に執拗に狙うのも、水道事業を支配しようとしたアメリカの大企業の社員だからだ。

そういった理由付けがされていたし、「水道は外国企業に握らせてはダメ!」という認識が既に自分の中であったので、「ありえなくもない世界」として余計に怖がれた。日本企業だっていつどこで怒りを買うか分からない(もちろん同じアジアでも、想定エリアに近い国々とは考え方や捉え方がまた違う訳で、この作品に対する印象については一概には言えない:具体例後述)。

それにしても、現代のフィクションの中で外資が抑えようとするのが、油田でも鉱山でもなく水道なあたり、やはり世界はその方向に進んでいるのかな。

ああいった政変が実際にどこかの国で起こったら、細かい状況も分からないだろうし、ニュース映像を適当に見ながら「革命だ!かっこいい!」「脱・欧米!」と、結構興奮して歓迎する人も多そうだな、とか、暴動はともかく、水道インフラが外資ってアジアに限らずアフリカなんかで起こりそうな気もするし、もしくは自国企業が握って、その会社が外資に買収されるのも可能性あるな、民営化って恐いよな、などと考えたり。

劇中、「アメリカ大使館を目指そう!」となってからは、果たして無事に着けるのか?大使館自体は無事なのか?にドキドキしつつ、『アルゴ』も思い出した。実話を元にしたあの映画では、イラン革命でアメリカ=敵とみなされ、アメリカ大使館が襲われて職員が逃げ惑っていた。特に明確に敵視されている国の大使館は、ああいう状況では機能しなくなる可能性も高い。一番関係なさそうな国の大使館を目指す方が正解なのかも知れないけど、どこが一番上手く立ち回ってくれるのだろう、などなど一家の行方を見守りつつ考えたり。

原題はNo Escape。ロケ地はタイ(設定はどこか別の国)。

なるべくタイっぽくしないように気をつけて、ロケの許可を得たのだろうけれど、しかし警官隊のシールドについてる文字は逆さまにしたクメール文字だそうで(文化に対して相当失礼だよな)、カンボジア風の衣装も多く使用されており、おかげでカンボジアでは上映禁止って記事も見かけた(現在の状況は不明)。文字は作っちゃう位のこだわりが欲しかったな。

事前に予告編は観ていなかった。動画をココに貼ろうと思ったのだが、今になって観てみると、あの場面もこの場面も予備知識なくドキドキできて良かった、という箇所が多かったので止める。

大雨の日に観たし、つくづく水と縁の深い映画だった。

 

<雑記>

*隣国がベトナムだという設定だったけれど、仮想国を勘ぐられないように、あれも名前を出さない方が良かったのでは?

*「ゾンビ映画っぽい」という感想もみかけていた。しかしゾンビ映画って「人っぽいんだけれどゾンビだから殺してもあまり罪悪感がない」という所が良くも悪くもあるように思うのだが(ゾンビが知り合いの成れの果てだとまた違うが)、これについてはそういうことは一切なかったので、個人的には「ゾンビホラー」とは別モノ。暴力や「手を下す」という行為、死はいっこいっこかなり重かった。
*そうだ、図書館も民営化は危険だよね!

ジュラシック・ワールドを観てたらフレンチアルプスで起きたことを思い出した話

『ジュラシック・ワールド』は楽しく観た。恐竜恐い!可愛い!そこでお前が持ってくか!頑張れ子供たち! …まあそういった件については、語り尽くされているだろうから置いておいても大丈夫と思う。

基本的にちょっとキャラクターの感じが古風で。くるんくるんの金髪の可愛い子役(弟)とか、大自然に立ち向かい、そして手懐けるカウボーイ風元祖アメリカンヒーロー的な頼もしい男性とか、ハイヒール履いたままずっと走り回ってるけど大丈夫?(いや、そんな現実的問題は映画だからどうでもいいのか)なヒロインとか*1子役(兄)は、ちょっと醒めたポーズとっててスマホいじってばっかなのは今風なんだけれど、車を修理できちゃう辺りが理想のアメリカの少年っぽいなーとか。
 
そんな鉄板ともいえる世界を揺るがしたのが、子供たちの母親の様子。
何だかやたらめそめそと感情的なのだ。妹(ヒロイン)にかける電話の様子も何だか妙。仕事に忙殺されてそれどころではない妹に対し、「子供たちに久しぶりに会いたいと思ったのに!」「あなたも家族の温もりを味わうべきだわ!」的な態度。そして、子供たちが心配で心配でと泣き、「あなたも子供を産めばわかるわよ!」という、(私も含む)独身女性全員をイラっとさせる定番台詞。何だこの人ッ!と、ここでは思う。
(この場面で、「子供たちにはイギリス人アシスタントをつけてるから大丈夫よ、ナニーを発明した国の人だし」的な発言があって笑った)
 
その後、子供たちの会話で、両親が離婚協議中らしいと判明。下の子は「そうなったらどうしよう!」とベソをかいていて(「弁護士からメールが来ていて、ググってみら離婚弁護士だった!」とあんな小さい子が言うんだから、インターネットって時に罪だなぁ)、さっき母親が不安定な感じだったのはそういうことか!と腑に落ちるのだった。今回の子供たちの旅行は、両親の話し合いのためだったのかもね…。
 
ここでふと、先日観た『フレンチアルプスで起きたこと』を思い出した。あの映画も、「母親とは!」とプライドを持つお母さんが出て来て、ひょんなことから夫婦関係が危うくなり不安に揺れ、子供たちも「両親が離婚したらどうしよう!」とおろおろしていた。*2
 
映画の中の「お母さん像」って時代時代によって傾向があって、シングルマザーばっかり出て来る時もあれば、働き詰めでさっぱり子供に構わない母親が流行ってる時も、父親より母親の収入が遥かに高い両親っていうのがやたら眼についた時もあった。
今はぐるっと回って「母親としてのプライドを持ちつつ、不安を抱えた主婦」が時代の象徴なのかなぁ、とちょっと思った。
 
女性像っていうのも本当に多様化して、今や「正しいあるべき姿」っていうのがない訳で(大昔だったらそれこそ「子供をしっかり教育し、家庭を守るお母さん」だったのだろうが)。そうなると、それぞれ自分にないものにコンプレックス持ったり、もしくは現在の自分に過剰にプライドを持ってしまったりして、価値観の押しつけ合いで女性同士で軋轢が生まれることも、自分の中で迷いが生じることも、増えたのかもな。「正しい母親像」を自分で作ってて、そこに"父親と母親が仲良くて、可愛い子供たちがいて…"って理想型を持っちゃうと、それが離婚危機等で揺らげば、アイデンティティまで危機になったり。
「色んな立場や価値観があってよし!みんな素敵!途中で変えてもOK!」とはなかなかなれませんよな、などと、恐竜映画を観ながら色んな女性像に想いを馳せてしまった。ま、自分自身の人生に、達成感と後悔のないまぜを見る年だからでしょう。
 
フレンチアルプスの家族は、子供の涙や、母親の機転と思い遣りで危機を乗り切ったけれど、この映画の中の両親は、あの大事件(事故?)を経て、また絆を取り戻したのだろうか。本編は家族再会でさらっと視点はヒロインへ移り、家族の問題なんてどうだっていいじゃーん!とばかりにカップル誕生を祝福して終わっちゃって、どうして離婚危機要素を混ぜたんだろう?と少し不思議になった。
母親像っていうよりも、離婚危機に揺れる家族、が今の時代の典型なのかしら?

*1:しかしこの後観た『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』の、イルサが走る前にハイヒールを脱ぐところで「これだよ私が観たかったのは!」と思ったり

*2:フレンチアルプスで起きたことの感想はこちら

舞台『ウーマン・イン・ブラック』を観た

今まであまりしてこなかった観劇に挑戦中。先日、佐々木蔵之介の『マクベス』を観た時にチケットを売っていて、あ、英国ホラー!少人数キャスト!と、ふらっと買ってみたもの(少人数の会話劇みたいな方が、派手な舞台より好きみたい)。

去年の『皆既食』がとても良かったので、舞台の岡田将生くんもまた観てみたいし。

 

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 全く演劇には詳しくなく、これがずっと何年も、同じベテラン俳優さんがその時々の若手とともに演じて来た作品で、今回はその俳優さん(斎藤晴彦さん)が亡くなって以来の、久しぶりの再演だということは全く知らなかった。

勝村さんはどれだけプレッシャーだったことだろう。本当にベテラン俳優の腕の見せ所満載なのだ。二人芝居。老弁護士が、自分の恐怖体験を家族に語ろうと心に決め、それをどう話そうかと、若手の俳優と予行練習する…という物語で、劇中劇仕立てで幽霊譚が語られていく。若き日の弁護士役を若手俳優に任せ、老弁護士はそれ以外の役を全て演じなければいけない。

観ている方は、くるくる変わる勝村さんに圧倒される。体つきから話し方までまるで別人!(英語だったら地方訛りとか使い分けるのかなー)ちょっとコミカルで笑いどころの多い前半から、じわじわと恐怖が増して行く後半までぐいぐい持って行かれた。話して行くうちに徐々に自信をつける、老弁護士自身の変化も面白い。

岡田くんは姿が本当に舞台映えするし、英国ふうの衣装も似合い、声もよく出ていた(ちょっと勝村さんに対して、素で笑っちゃってた所があった気もするけど)。前半の、「語りのアドバイザー」としての自信家っぷりから、後半の恐怖に震える様子まで、凄く役に合っていた印象。

この人は持って生まれたものを実に上手く使っているなーと思う。「ただのイケメン」で終わらない覚悟みたいのを感じるし(『悪人』の軽薄な役は凄く良かったし、こういう役も選ぶんだなと思った)、選んだ仕事ひとつひとつで、周りからいい影響を受け取っていそう。『リーガルハイ2』で堺雅人さんと仕事したのも凄くプラスになったのでは。去年も舞台を観たのもあって、気になる俳優さんになってきた。

さて、舞台自体は、既に練りに練られている熟した作品な訳で、本当に良く出来ていた。ホラーといっても、舞台で観てそんなに恐いものかしら?と思っていたけれど、前半の2人の楽しい掛け合いでするりと物語に入り込めたので、あとは登場人物と一緒に右往左往。後半は本当にきっちり恐いし(効果音にびっくりするというだけではない)、しかも余韻がさらに恐ろしい(一体あの後、どうなるのだろう…!)。恐ろしいので場内も静まり返るし、その静けさと息づかいも恐い。大勢いるからなおさら恐いという効果もあるのだと分かった。

セットも、省く所は省き、藤製の長持ちが時にはベッド、時には御者台になったりという舞台ならではのマジックもありつつ、ステージの奥行きは存分に使って、開かずの部屋の中や、階段が急に登場したりする。空間の自由な使い方が舞台の面白さの一つなのだなぁと、舞台慣れしていない身としてはわくわくした。それから、目には見えないけれど確実にそこにいる小さな犬ちゃん…!!!

まだまだ面白い舞台はあるのだろうし、これからも挑戦してみよう!と思わされた作品だった。

この演目は今後は勝村さん+若手で行くのかしら?それともキャストは入れ替えて行くのかな。色んな俳優さんで観てみたい気もするし、勝村さんでここから役柄が育って行くのを観たい気もするし、観る側としてはとっても悩ましい。

 

館の周りの風景が実際にはどんな風か、映画版も観てみたくなったけれど、でもまたあの余韻を味わうのは恐いなぁ。。。

 

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フレンチアルプスで起きたことと起きなかったこと

『フレンチアルプスで起きたこと』を観た。

"カップルで観ると非常に気まずくなる映画"と銘打っており、映画館ではそれでも敢えて観る勇気あるカップル向けに「カップルチャレンジ割引」まで提供していたりする。

前情報として得ていたあらすじはこう。

とあるスキーリゾートホテルに滞在中の家族が主人公。バカンスを楽しんでいる最中に雪崩が発生。子供たちを守ろうとした母親とは裏腹に、父親は現場から一人で逃走。結果、非常に気まずいことになる。

そりゃあカップルで観たら議論になるだろう。観終わった後に、「あなただったらどうする?」とか「お前の方が逃げるんじゃ?」とかさ。

で、実際に観てみたら、何となく予想していた気まずさとはまた違った。

一応、コメディ仕立てで大げさなのだ。音楽がやたらものものしく、例えば単にスキー靴の棚をじーっと映す場面すら不穏な音が流れ、人工雪崩を起こす爆発音も怪しく、単に雪上車が走ってるだけでも妙に不気味で、何かとてつもなく恐ろしいことが起こりそうで不安がかきたてられる。雪に閉ざされたリゾートホテルは、そこはかとなくシャイニング的だし(そういえばホテルのスタッフの男性も不気味で、オノ持って襲ってきそうだった)。

もちろんホラーもスプラッタももちろんない。しかし、もうちょっと、ドラマチックな展開を予想していた。離婚だわ!って方向に揉めたり、ヤケクソになって浮気しちゃったり、子供たちがめっちゃ反発したり、誰かが怒って行方不明になったり。でも映画が描いたのは、もっと中途半端でもっと生々しい展開だった。あの雰囲気にそれが乗っかっているから、テイストが独特で面白いのだが。

災害時に父親が自分だけ逃げちゃったっていうのは、前情報通り。奥さんはそれに非常にショックを受け、旦那さんにそれとなく指摘する。しかし旦那さん、覚えていないのだ。シラを切っているのではなく、「自分はそんなことする訳ない」と思い込んじゃっている。余計に不安と不信感を募らせる奥さん。子供たちは不穏な空気を察し、「パパママが離婚しちゃったらどうしよう!」と不安定になる。パパは結局、携帯に写っていた動画で自分の行動の証拠を見せつけられ、自分でももの凄くがっかりして、自信をすっかり失い、精神的に大混乱に陥る。

ああ、これは単なるカップルの映画なのではなく、「家族」の映画なんだなぁ、と思った。

お互いに今まで、それなりにいいパパママだったのだろう。

パパは仕事人間だけれど、しっかり家族を海外のリゾートホテルに連れてこられる位の財力を築いているし、子供たちも懐いている。

ママはママで、結婚して子供を育て、きちんと「母親」をやることにプライドを持っている様子(対照的にアバンチュールを楽しんでいる、同じホテルの女性への態度からも分かる)。

そして二人のかわいい子供たちがいて。ひとつの過ちですぐ「別れましょう!」なんて出来ない。でも。

ホテルの中でもやもやして、泣いて、ちょっと別行動してみたり、八つ当たりしたり、他のカップルに愚痴って、そのカップルにも不穏な空気を残したり、延々とぐるぐるする。そして。

それにしても、母は強く、子はかすがい。(あれ?父親は?)

自分はシングルなので、元々は他人である夫婦が「家族」になるっていうのは、こういうことなんだろうなと妙にしみじみした。お互いに嫌な所や、びっくりするほど認められない所があっても。でも即「無理!」と断罪しないで、何とか妥協点を探そうと頑張るものなのだ。時には相手を導いたりもして。たぶんみんなそうしているのだ。

うーん、自分にはできるかな?と不安になったりもしたけれど…。

カップルでも、「恋人同士」はともかく、夫婦は「あー、自分らもたまに相手にもやっとするけど、でも家族だもんねー」と、絆を新たにできそうな気がする。ご夫婦にオススメ。

 


7月4日(土)公開『フレンチアルプスで起きたこと』予告編 - YouTube

 

  • 何でスウェーデンからわざわざフランスに行ってスキーするんだろう?ってちょっと思ったけれど、ウィンタースポーツが盛んな国だからこそ、雪質等にこだわるのかな(そういえばノルウェー行った時に「白馬の雪質は最高らしいね!」って言われたしな)。
  • 子供がもうちょっと「パパ守ってくれなかった!情けない!」って反発するのかと思っていたのだが、両親離婚危機への不安が先に立つものなんだなぁ、と。これは子供の年齢によっても違うかも。ティーンエイジャーだったらどうだったかな。
  • ラストで出て来たヘアピンカーブの道が、行ったばかりのインドで通った道と似ていて(舗装してなくてガードもないもっと酷い道だったけど)、生々しい恐怖を味わった。
  • 自分の解釈では、最後の滑りの場面は奥さんの優しさ。

『人生スイッチ』を観たよ

アルゼンチンでアナ雪を超える大ヒット、歴代興収新記録、製作がアルモドバル、驚愕と爆笑の渦に襲われる…とのことで、なんか凄そうなので予告編も観ずに出かけた。

始まってみたらオムニバスだった。愉快な小話集ですかね、なるほど。

各ストーリーとコメントは以下の通り。

 

1. おかえし

とある男を知っている人ばかりが飛行機に乗り合わせる話。

多分何もなかったらもっと笑えてた。この映画の現地公開は2014年8月。実際の事件は2015年。現実は恐い。

 

2. おもてなし

レストランで接客した相手が、憎き父親の敵だったという話。

何故キミがそこまで!という展開に、あーこれ全体的にニヤリ系じゃなくて過剰な感じなんだろうなと思い始める。

 

3. エンスト

新車で山の中の道を運転中、トロくさい上にウザい車を追い越し際に悪態をついたのが運の尽きな話。

アルゼンチン版『走る取的』(筒井康隆)だね!と思う。もちろんアルゼンチン版なのでアクションもリアクションもクドい。これで、やっぱり過剰さに覚悟しないと、と確信する。

 

4. ヒーローになるために

駐禁レッカー移動と戦うあまり、仕事はクビになるわ離婚は言い渡されるわの男の話。

これは同じ様な怒りを胸に秘めたアルゼンチン国民の声を代弁しているのかしら。自分の目には戦い方がやり過ぎだと思うけれど、現地では「そうそうそうそう!」「がんばれ!」って皆思うのかも。

で、全体的に庶民視点の作品なのかなー…と思いつつ次へ。

 

5. 愚息

金持ちのバカ息子が轢き逃げ死亡事件を起こし、親が揉み消そうと画策する話。

大金を積んで検察と取引まで始めたので、庶民視点ならこのムカつく金持ちがコテンパンにされるはず!早く!ざまぁ!と期待して観ていたら、なにこれどういうこと!な終わり方にびっくり。
後味いまいち。庶民の味方って訳でもないわけですね。

 

6. Happy Wedding

結婚式の最中に花婿の浮気相手を来賓の中に発見し、花嫁が怒り狂う話。

花嫁がやることなすことちょっと長くておなかいっぱい。でもアルゼンチンの結婚式ってこういうのなんだ!というのが眺められていて、海外の冠婚葬祭好きとしては満足。

関係ないけど花嫁役の女優さんのにきび(?)が気になってしまった。

 


映画「人生スイッチ」 予告編 - YouTube

 

クドいなー、こういのが好きなのか、アルゼンチンの人って…と思ったものの、英語タイトルがWild Talesで、スペイン語の原題Relatos salvajesも自動翻訳するとそのような意味らしいので、あちら的にも荒々しい話なんでしょうかね。